関東のパワースポット神社を探しながら、御朱印も頂く参拝記

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群馬県の参拝神社

勝山神社【群馬県伊勢崎市】

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勝山神社(群馬県伊勢崎市境保泉)の参拝記

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
上野国神名帳 佐位郡:穂積明神
神社名勝山神社(かつやまじんじゃ)
鎮座地群馬県伊勢崎市境保泉226







勝山神社(群馬県伊勢崎市)の御祭神

速須佐之男命(ハスサノオノミコト)
配神
倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)
菊理姫命(ククリヒメノミコト)
健御多方命(タケミナカタノミコト)
少彦名命(スクナヒコナノミコト)
誉田別命(ホンダワケノミコト)
大日靈命(オオヒルメノミコト)
大物主命(オオモノヌシノミコト)

勝山神社(群馬県伊勢崎市)へのアクセス


駐車場:境内左側から入った社殿左裏にスペース
最寄駅:剛志駅(東武伊勢崎線)

勝山神社(群馬県伊勢崎市)の由緒

伊勢崎佐波の神社誌由緒


元明天皇の御代の和銅年間(708∼15)、皇子の太政官事一品穂積親王が東征のときに当地に駐輦し、皇子が常に尊崇していた天祖天照大御神と素戔嗚命を奉祀し、東征成就を祈願されたという。その跡に郷民が相談して社殿を造営し、二柱の大神を勝山大明神と崇め祭ったのが、当社の起源とされている。上野国神名帳に、「従四位穂積明神」と記されるのが当社である。もとはこの地を穂積と言ったが、後陽成天皇の御代の天正十八年(1590)に保泉村と改め、明治十年には村社に列せられた。同四十年六月六日、村内に祀られていた、倉稲魂命・誉田別命・菊理姫命・健御名方命・大日靈命・大物主命・少彦名命を合祀し、今日に至る。
社前にある唐金の鳥居は、明和六年(1769)に奉納されたもので、「保泉には過ぎたるものが二つある。唐金の鳥居に四九郎先生(鈴木広川)」と唄に歌われている。
また、現在の拝殿は天保年間(1830∼44)に、名工弥勒寺音次郎が造立したものである。格天井の絵画は、金井鳥洲の名筆で、社務所の絵画は天田熊郊の名筆である。現在は、御祭神と社名にちなんだ厄除け・必勝祈願に信仰されている。

勝山神社(群馬県伊勢崎市)参拝記

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
勝山神社【群馬県伊勢崎市】

勝山神社は群馬県伊勢崎市、県道354号を南に下った粕川沿いに鎮座する。

駐車場は境内左側の道から入った裏手にスペースがある。

 

穂積が保泉になった説で、上野国神名帳記載の穂積明神となったそうだ。

現在の群馬県である上野国に、穂積親王が来ていたというのは本当なのかと思ったが、多胡碑に穂積親王の名が刻まれているので、まったく根拠がないというものでもない。

多胡碑がある吉井町には穂積神社があるが、こちらは元々「火蛇神社」であり、穂積は近隣神社を合祀した後に付けられている。

 

東側の鳥居の柱には、文字が彫られていた。

裏側に彫られていたりするのは見たことがあるが、正面に大きく彫られているのはあまり見かけない。

路駐して参拝したので、正面鳥居へ向かう。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
勝山神社【群馬県伊勢崎市】

二の鳥居である唐金の鳥居。

銅の鳥居で、下部を見ると元々は違う台座があったのかもしれない。

唐金の鳥居の手前左側には、高い位置にある水盤。

水は入っていない。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
勝山神社【群馬県伊勢崎市】

手水の水盤の後方には、石塔が並んでいるのが目を引く。

石祠の境内社も鎮座していた。

左側は不明、右側は天王社。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】

後方には立派な御神木。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
勝山神社【群馬県伊勢崎市】

拝殿で参拝する。

弥勒寺音次郎の作で、龍もそう言われれば立派な感じがする。

弥勒寺音次郎作の、冠稲荷神社聖天宮のような華やかさは無い。

それもそのはず、中にあるのがそうだから・・・。

中の本殿が凄い彫刻技術で目を奪われるほど素晴らしいそうだ。

拝殿の戸を開けるわけにもいかないので、格天井の金井烏洲の絵は見ていない。

ちなみに弥勒寺音次郎の墓は、大国神社の南西の境下渕名にある。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】

拝殿の後方に本殿があるのだが、勝山神社には鞘殿という本殿を守る覆いがある。

左右に神社が祀られているので、注連縄があるようだ。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
勝山神社【群馬県伊勢崎市】

左側の鞘殿は稲荷神社。

右側の鞘殿は金刀比羅神社。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
勝山神社【群馬県伊勢崎市】

本殿は覆われていて拝見できない。

例祭時には公開しているそうだ。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
勝山神社【群馬県伊勢崎市】

本殿裏側の境内社。

鳥居があるのが、天手長男神社。

他の石宮は不明。

勝山神社【群馬県伊勢崎市】
勝山神社【群馬県伊勢崎市】

ズラリと石宮が並んでいた右側に、古札納めと石仏が安置されている社があった。

社務所はさらにその先にある。

普段は無人で御朱印はあるかわからない。

社務所の絵画は天田熊郊とあるので、こちらも拝殿内や本殿と共に例祭日に公開されているのかもしれない。

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