群馬県の参拝神社

六供八幡宮【群馬県前橋市六供町】

投稿日:2018年11月19日 更新日:

六供八幡宮(前橋市六供町)の参拝記

六供八幡宮【群馬県前橋市】
神社名八幡宮(はちまんぐう)
鎮座地群馬県前橋市六供町332

六供八幡宮(前橋市六供町)の御祭神

足仲彦尊(アシナカヒコノミコト)
誉田別尊<応神天皇>(ホンダワケノミコト)
息長足姫尊<神功天皇>(オキナガタライヒメノミコト)

六供八幡宮(前橋市六供町)へのアクセス


駐車場:神社正面にあり
最寄駅:前橋駅(JR両毛線)

六供八幡宮(前橋市六供町)の由緒

案内板由緒

 当社は大同三年当所の鎮守神として勧請し創立したと伝えられ、西暦年までの沿革は不詳、建久年中に社殿を改造し、その後貞享三年火災のため焼失、元禄元年戌辰八月十五日に新築完成、その後明治四年八月九日に改築工事を完了、降って大正十三年夜キティ台風の為拝殿一部修築す昭和四十年十二月十七日御屋根改築銅板葺御屋根が出来上りました。
現存の記録文書の中に「明治四年辛末八月御殿再造営 度会神主大夫次郎常規」とあり、又宝永元年甲申八月十五日六供村と記された太神宮御祓箱を蔵す。境内の東北に目通り周囲一丈二尺高さ六十尺、樹齢約五百年の大樫が聳えていたが、昭和二十四年八月三十一日夜のキティ台風によって倒伏し、今はその偉容を存せず。

六供八幡宮(前橋市六供町)参拝記

六供八幡宮
六供八幡宮

六供八幡宮は、前橋駅から真っ直ぐ南へ下った、前橋商業高校の南側に鎮座する。

駐車場は神社二の鳥居右側や左側に広いスペースがある。

 

参拝時にはあった朱の両部鳥居の隣には石神。

秋葉大神を中央に、左に大黒天、右に桑村翁碑。

道祖神は左側道路寄りにある社評の裏にあり、見落とした。

六供八幡宮
六供八幡宮

参拝時、一の鳥居と二の鳥居の間には幟が上がっていた。

そして二の鳥居。

六供八幡宮
六供八幡宮

二の鳥居左側には手水舎。

その裏側には力石がある。

力石はかなり重そうだ。

六供八幡宮
六供八幡宮

二の鳥居右側には、石碑が建っている。

三笠山神社・御嶽山神社・八海山神社。

御嶽山神社の御嶽山と神社の間には、「土の上の左右に口・玉の左側にも点」の文字があるが読めない・・・略字だろうか?

石碑の裏には辨天様、厳島神社が鎮座している。

拝殿で参拝。

拝殿の中では神事が行われていた。

だから幟があったのだろうか。

六供八幡宮
六供八幡宮

本殿は覆われていて、拝見できない。

境内には保存樹になっている楠木。

注連縄はされていないが、御神木なのだろう。

六供八幡宮
六供八幡宮

社殿の左側には境内社。

大きな社は飯玉神社。

その右側は、雷電様と書かれていた。

 

他にも四社の祠があったが、名称不明。

案内板には大神様・天神様・曲神様・空白とあるので、四社中三社はどれかであろう。

残り一社はわからない。

 

 

神事が終わるまで待って、御朱印の有無を聞こうと思ったが、中々終わらず時間の都合で断念した。

六供と書いてロックと読むのは珍しい地名だと思う。

WIKIで由来を確認してみた。

源義経が奥州に落ちのびた際、6人の供がこの地に残ったからという説や、小幡城主小幡伊勢守忠利が武田信玄に追われ、6人の供とこの地に住みついたからなどの話が伝えられている。

個人的には後者が現実的だと思う。

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